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zoom RSS 「英雄たちの選択・高田屋嘉兵衛」を見た。その語学力に驚嘆した。

<<   作成日時 : 2017/05/05 06:27   >>

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 昨日NHKの「英雄たちの選択・選「開け!北のフロンティア〜熱血商人。高田屋嘉兵衛の挑戦〜」を見た。北海道の玄関口函館を開いた人物だ。北前船を仕立てて蝦夷地と交易し莫大な財産を築いた。蝦夷地は高価なラッコの皮を求めてロシアや進出してくる国境の最前線でもあった。
 1800年代初頭にロシアのレザノフが日本の北方の拠点を襲撃させた事件が起こり日露関係は悪化した。そのような折に千島列島を測量していたゴローニンが国後島に入港したのを捉えて彼を捕まえ松前に幽閉した。彼の部下リコルドは漂流民からゴローニンの消息を取ろうとした。松前奉行はゴローニンは死んだと伝えたが、リコルドは信じず日本船を拿捕して更なる情報を得ようとしてところに通りかかったのが高田屋嘉兵衛だった。
 それが1812年9月。高田屋はリコルドにゴローニンは生きている、またカムチャッカに行く用意があると伝えた。カムチャッカではある少年を相手にロシア語を学んだ。そしてその年の12月にリコルドに問題解決の方策を話し合いたいと申し出た。その方策とはゴローニン逮捕はレザノフ事件は船員たちが勝手に起こしたものでロシア帝国は直接に関わっていない、その事件を謝罪する文書を幕府に提出すればゴローニンは釈放されるだろうというものだ。実際にそのような形で事件は解決した。
 という内容の番組だったが、私にはその政治的な事よりもロシアに捉えられてわずか数ヶ月でロシア語で交渉したその語学力に驚嘆した。捉えられたのが1812年9月、リコルドと交渉を開始したのがその年の12月。わずか5ヶ月しか経っていない。日本語とロシア語の通訳はいなかったから直接ロシア語でリコルドと対面したのだ。
 高田屋は語学の才能があったようだ。蝦夷地では恐らくアイヌ語も使っていただろうし、またロシア語も少しは聞きかじりしていたかも知れない。しかしそれにしても5ヶ月で外交交渉ができる語学力を獲得したのだ。
 番組では脳科学者の中野信子氏がそのような能力のある人は「スーパーラーナー=Super Learner」という説明をしていた。これは知能とは直接的な関係はないが、聞き覚えたあるいは読んで知った断片を繋ぎ合わせてその言語の文法が分かる人だという。そのような「スーパーラーナー」は数ヶ月で語学能力を獲得してしまうとのことだった。
 高田屋もそのうちの一人だったのだろう。そういえば私もその人が「スーパーラーナー」はどうかは知らないが、この人は語学のセンスがあると思ったことが何度かあった。
 その一人は私より年下で、スペインに来る前はとくにスペイン語を勉強したわけではないのに、数ヶ月くらいでかなり上手にスペイン語を話していた。しかもいわゆる汚い言葉から覚えていったようだ。彼は「スーパーラーナー」だったのだろうか。後で風のウワサに聞いたことだが、ポーランド人と結婚したという。今はどうしているのだろうか。
 もうひとつ、当時はソ連の美術館でつんとすました顔をした美貌の女性の絵の前でのこと。絵のタイトルは"Неизвестная"、カナでの表記は「ニェイズベスナヤ」だ。私はロシア文字は読めたので発音してみた。すると同じグループのある女性が「T」は読まないのねと言った。そのとおりロシア語では"стн=stn"の綴りでは真ん中の「T」は読まないのだ。それを聞いて彼女は語学のセンスがあるなと思った。
 世の中には様々な人がいる、それだからおもしろいのだ。自分には語学のセンスがないと思っている人も他人にはまねできない才能を持っているかも知れない。それぞれにその才能を発揮できたらすばらしいのだ。
 

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