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zoom RSS 日中戦争を中国軍兵士が書いた禁書「敗走千里」を読んだ。督戦隊、便衣、慰労隊の文字が気になった。、

<<   作成日時 : 2017/08/08 12:10   >>

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 日中戦争の実態を中国軍兵士が書いた「敗走千里」を読んだ。昭和13年に発行された本で、当時はかなりの売れ行きだったという。しかし戦後はなぜかGHQから「禁書」に指定された。その本が復刻版として再び世に出た。
 著者は陳登元で日本に留学していたが日中戦争が始まり上海へ飛び火し戦闘が拡大する傾向が見えたときになり、著者は中国の様子をみて来る、あと半年で卒業だからすぐ帰っていると言い残して東京駅から旅立った。
 しかしなかなか帰ってくる様子がない、そのうちに訳者の元へどさっと大部の原稿が送られてきた。それには家に着くなり強制徴用され前線に送られ2ヶ月戦闘に従事し負傷した。体の回復を待って病院を脱出して書いた原稿だという。出版の価値があるなら日本語の添削をして出して欲しいということが書かれていた。訳者は陳登元の日本語の教師で、送られた原稿を添削し出版に漕ぎつけたのだった。
 日中戦争のことで従軍記とか個人の日記とか日本人が書いた本はたくさんある。中国でもあるはずだが我々の手には届かない。その意味でも実際に戦闘に参加した中国人の書いた本は貴重だ。戦闘場面の激しさや残酷さの描写ももちろんあるが、その詳細は本を読んでもらうことにして印象に残った事をすこし書いてみたい。
 まずは強制徴用だ。昔から中国では兵士はまともな人間はならないものをされている。ことわざに「良い鉄は釘にならず、良い者は兵士にならず」とある。いつも兵士不足だ。そのため兵士集めには苦労していた。著者は自宅にいたときに引っ張られたがそれはまだ良い方で、路上で無理やり引っ張られることもまれではなかったのだ。強制徴用し兵士の中には訓練に耐えられずあるいは役立たず見なされ戦場に送られる前に1000万人程度の死者が出ていたようだ。
 中国の兵士にとって昔も当時も掠奪は日常茶飯事だ、兵士となっても給料が満足に支払われないとなればそれを補うのは掠奪しかない。軍隊は最もよく訓練された匪賊(ひぞく)だという描写もある。ある兵士は血のついた耳飾りを持っていた。女性を強姦しそれだけでは足りず耳飾りを引きちぎってきたのだ。
 兵士は隙あらば脱走しようとしている。そのために必要なのは便衣(平服、一般人の服装)だ。戦闘に出ては農家などから便衣を見つけ出し、軍服の下に着用しいざとなったら脱いで一般人を装うのだ。戦闘員なら捕虜になった場合国際法の適用を受けられるのだが、そのような教育は一切受けていなかったのだろう。
 婦女慰労隊と言う言葉も見受けられる。いわゆる従軍慰安婦とも違うようで実態は良く解らない。しかしどこの軍隊でも同じような事はあったろう。「敗走千里」では著者とのロマンス仕立てになっているが本当の所は不明だ。
 督戦隊が出てきた。日本軍の猛攻に曝されて敗走する味方の軍が銃撃するのだ。敗走する兵は退くことも前線に戻ることもできずいたずらに死者の山を築くのみだ。
 便衣といい、督戦隊と言い同じ事が南京でも起きただろうことは間違いないだろう。今から見ればなぜこんな事が思う出来事が頻繁に起きていたのだ。現在の目からみてその当時のことを云々することはほぼ無意味なのはこの本を読んでも良く解ることだ。
 禁書というといかにも恐ろしい事が書いてあるかと思いきや、この程度の本が指定されている。GHQの検閲の徹底ぶりがうかがわれる、その点でも一読の価値はある。

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