「チコちゃん!」の「私は」の説明は面白かった。「ぱぴぷぺぽ」から「ふぁふぃ…」に変化し両唇を完全に閉じてから出す音から、両唇が僅かに開いている音になり、「発音が楽になった」という捕捉が必要かも知れない。

 先週金曜日の「チコちゃんに叱られる!」は「私は」の「は」は「わ」と発音しているのになぜ「は」と書いてあるのか、という質問で当てられた俳優の牧瀬里穂さんが「大切なことを伝えたいときに「は」を使う」とか言って、チコちゃんに叱られた。
 国立国語研究所の小木曽智信教授の答えは「私は」は昔「私ぱ」だったからというものだった。そして「は」の発音が時代と共に変わっていったと説明を続けた。「は」が「わ」に変わったのは平安時代の終わりから江戸時代にかけてだと説明。
 奈良時代までは「はひふへほ」は「ぱぴぷぺぽ」だった。それは当時発音を表すのに使った漢字を同時代の中国語の音と対比させると分かると言うことだ。奈良時代は「はひふへほ」は「波比不部保」で表示していたのだ。だから「針」は「ぱり」、「母」は「ぱぱ」というはつおんだったのだ。
 ではなぜ変化したか、小木曽教授の答えは「楽だからです」だ。「ぱぴぷぺぽ」を発音するときには完全に閉じた両唇が開く。逆に唇が閉じていないと発音できない。一方「ふぁふぃふぅふぇふぉ」は発音するときには唇は僅かに開いている。つまり唇を閉じるために力はいらないからその点で「楽だ」。このような音は「両唇摩擦音」という。現代の日本語のハ行でこのように発音するのは「ふ」のみだ。ちなみにハ行では「ひ」は発音するときの舌の位置が硬口蓋(上顎の硬い部分)にあるので、「はへほ」とは違う。
 もう一つ重要な事がある。奈良時代のハ行の漢字「波比不部保」は、中国語発音を表記するのにつかう「ピンイン」ではすべて「b」が当てられている。中国語のピンインの「b」は「p」と対比される音の表記だ。「b」は軽い「パ行」、「p」は息を伴った強い「パ行」だ。ピンインの「ba」は「バ」ではなく軽い「パ」で日本語の「パ」なのだ。つまり奈良時代の「パ行」は現代日本語の「パ行」と同じと見なしても良いだろう。
 平安時代の終わりから室町、江戸時代を通じて「パピピペポ」が「ふぁふぃふぅふぇふぉ」になっていった。それはまさに発音が簡単だからだ。つまり唇の間から音が出るような発音になった。それはポルトガル人の作った日本語の本のタイトル「NIFON NO COTOBA TO」や日葡辞書の表記からも分かる。ただし「NIFON」と書いてあった方と言って「F」を英語式に発音してはいけない。「ハ行」の「ふ」のように
発音しなければいけない。番組に登場した厚切りジェイソン氏の発音は唇を噛んでいないようなので正解だ。
「チコちゃん」ではその後「ふぁ行」が単語の先頭に来るか後に続くかで発音が「は」になるか「わ」になるかの説明に移る、理由はこれまた「楽だからです」だ。そこでようやく「私は」になる。単語の後ろだから発音は「わ」だが、「私は」と「は」なのは政府が決めたからということで終わりになる。
 いずれにしても日本語の「ハ行」の変遷は非常に難しい。それにしてもその変化の要素が「楽だから」なのは何となく分かる。欧米人と比べて日本人話すときに唇をあまり開かない。スペインにいたとき日本人同士がしゃべっているのを見たあるスペイン人が「唇を閉じたまま良く話が通じる」と不思議がっていたが、どうもわれわれ「楽をして」話しているのかも知れない。

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