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zoom RSS 「光州事件」は1980年5月18日に起きた。文在寅が事件の徹底究明を宣言また事件の象徴歌の斉唱もあっ

<<   作成日時 : 2017/05/19 11:44   >>

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 「光州事件」から37年経った。民主化を叫ぶ市民を政府が軍隊を出し武力弾圧したこととしても知られている。
 その事件当時、同僚と話したことを覚えている。同僚「日本ではこんなことは絶対に起きないね。韓国人の男は武器を扱えるからね」、私「日本の男も武器の扱いくらいできないといけないかも知りませんね」、同僚「そうだね」、だいたいこのような会話だった。
 私の気持ちは今も変わらない。これはあるスペイン人神父が語った「男は戦いを挑まれたら受けて立て」ということにも通じている。これは何も戦争をしろと言うことではない。人生いつどんな試練を受けるかも知れない、その時には逃げるなという意味だと解している。
 私はこれを聞いて西欧精神の一端を知った気がした。そうなのだ、西欧は絶えざる挑戦を受けてそれを克服してきたのだ。フランス人の教師がアメリカに移るときに「これはチャレンジです」と言ったときにもそう感じた。
 確かに光州事件は民主化への弾圧だっただろう。軍を出しての発砲は弁解の余地はない。しかしそれだけで済む問題でもなさそうだ。というのは光州は韓国南西の全羅南道は一種の差別を受けてきた。歴史的にみてもそうだった。一段と低く見られていたのだ。ソウルなど北部からは遅れた地域だったのだ。金大中になってようやく大統領が出た。
 文在寅は誰が発砲を命じたかなど、今なお真相が明らかでない「光州事件」の徹底究明を約束した。それと同時に「国民統合を掲げて保守政権が封印してきた「あなたのための行進曲」の斉唱を復活させた。これは李明博政権が「歌詞には北朝鮮への親しみの意味がある」ということや労働運動や政府批判の集会でよく歌われるという理由で斉唱歌から外したものだという。
 ネットで聞いてみると労働団体の旗がはためき参加者は拳を振り上げている、そのために保守政権は斉唱歌とはしなかったのかも知れない。斉唱ならば儀式の参加者全員が歌いたくなくても歌わないといけなくなる。これを復活させたのは前政権への批判の表れかも知れない。
 ところでシンシアリー氏は当時の新聞、京郷新聞には軍が市民295人を保護したとブログで紹介した。保護と言うからには誰から保護したのかが問題になるが、軍でなければ武装した市民たちからになる。市民同士の戦いもあったのだろうか。またソウルからも300人来たと言う証言もあるそうだ。
 さらには戒厳軍が「妊娠婦の腹を切った」「女子高生の乳房を切り落とした」などというものもあるが、これがいつの間にか「(併合時代に)日本軍がやった。私が見た」ということになったりしているという。真相解明をするというならこのような点も解明してほしいものだ。
 また文在寅は518運動の精神を憲法前文に盛り込む約束した。どのような前文になるのだろうか。

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